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ある高校生のための「奇跡」、そして包括的支援のはじまり
ある一本の電話が、予期せぬ奇跡の始まりを告げることがあります。それは、凝り固まった制度の壁に小さな光を灯し、これまで不可能だと思われていた道筋を照らし出す瞬間です。私にとってその一本は、東京に住むあるお母様からの、切実な問いかけでした。その問いが、自治体や学校を巻き込み、一人の少女の未来を大きく変えるとは、その時はまだ誰も想像していませんでした。 私は、「向き不向きではなく、前向きに」という理念のもと、特性がある子も通えるダンス・演劇スクールを運営しています。そこに通ってくれている生徒の一人に、この春から高校生になる女の子がいます。東京に住むその子の母親から、一本の相談の電話が入りました。「ラフダイさんのところで行っている訪問支援は、うちの娘も受けられないのでしょうか?」と。 正直に言えば、高校生への訪問支援は前例がありませんでした。私は「自治体に確認してみますね」と答え、すぐに行動に移しました。案の定、自治体の担当者も「前例がないので、制度上どうなるか確認して折り返します」という返答で、一度は電話が切れました。どうなるかわからないまま、私はただ
2月28日
出席扱いという小さな奇跡—愚直さが開いた扉
制度は冷たく、硬く、動かないものだと思っていた。特に教育の現場では、法令という名の壁が、必要な支援と子どもたちとの間に立ちはだかることがある。だからこそ、私自身も「出席扱い」という言葉には半ば諦めを抱いていた。自治体に認められなければ実現しない。前例がなければ動かない。そういうものだと、思っていた。でも、愚直に、真摯に向き合い続けたとき、その壁は静かに開いた。 通所が「出席扱い」として認められた この度、私たちの施設に通っている子どもたちの通所が、正式に 出席扱い として認められることになった。 これは決して、一方的に承諾を得たわけではない。宇都宮市の学校側と、そして私(南先生)を中心に、何度も何度も自治体や関係機関に問いを重ねてきた。私(南先生)は校長先生とも連携し、学校側から教育委員会へ、「こういう取り組みを支援として認めてもらえないか」と相談してくれた。 教育委員会からの返答は、こうだった。 「実際に視察して、確かに必要な支援であると判断できれば、認めます」 そして本当に、担当者が施設に足を運んでくれた。療育の現場を見て、子どもたちがどう過
2月27日
体力テスト- 心とやり方と前提:シャトルランの再教育
私たちは「できない」と判断される瞬間を、しばしば間違った場所で作ってしまう。やり方も見通しもないままスタートの合図だけが鳴り、曲が速くなって息が乱れ、失点は性格や能力のラベルに変わる。けれど本当は、走り方の地図を手渡せば、力はちゃんと目を覚ます。シャトルランの音が、それを証明してくれた。 3月、4月――体力テストに向けての学校の空気は少し硬い。準備期間と呼ばれながら、実際は「いきなり本番」への導入になってしまうことが多い。とくにシャトルラン。音楽がテンポを上げ、折り返しが早くなるあの試験で、私はいつも同じ光景を見てきた。 説明がない。練習もない。集合の合図と同時に「さあ走ろう」と始まる。小学校の頃の記憶もそうだ。やり方は曖昧で、見通しは与えられず、ただ「急に始まった」。特性のある子どもたちほど、この曖昧さの中で本来の力を封じられてしまう。能力はあるのに、構造がないために発揮されない。点数はその一瞬の混乱に忠実で、本人の地力とは別の評価を下してしまう。 シャトルランは、実はとても「構造に敏感な種目」だ。たとえば、音楽が上がる局面でどこまで行くか、折
2月26日
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