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偶然を計画する:教室に戻れなかった子の、小さな回復の道
人は「戻る」ことに疲れてしまうときがある。正しい場所、正しい手順、正しい時間に──それでも体と心が追いつかない。そんなとき、支えになるのは計画された努力ではなく、ふとした「出会い」だったりする。思いがけず立ち寄った電器店で、その扉が少しだけ開いた。 いま、学校に「戻れない」子どもが増えている。理由は一つではない。環境の変化、心の準備不足、ルールの圧力──そのどれもが重なり、ある瞬間に「社会」がバーンと閉じてしまう。私たちの現場でも、その後、家から出られなくなる事例を何度も見てきた。 ある一人の子の話をしたい。1年生のときは「行けていた」。2年生になっても、その調子は続いていた。でも、ある日、気持ちが整っていないのに教室へ入ることを求められ、無理に促された。その瞬間、心のなかで大きな扉が閉じた。次の日から、学校へ行けなくなった。 一週間ほど、家からも出られない。人の顔を見るのが怖い。声をかければかけるほど、反射的な拒否が強くなる。こういう時、私たちは「戻る」ことを目標にしない。まず、その子がまだ持っている「行ける場所」を探す。 ヒアリングを重ねると
2月20日
ジレンマの縄をほどく:分解して楽しく学ぶ縄跳びの教え方
冬になると、校庭に小さなため息が増える。縄跳びの授業がはじまるからだ。跳べないことは、ただの「できない」ではない——宿題に追われ、自己肯定感がじわりと下がっていく連鎖の始まりにもなる。もし、跳ぶことをいったん脇に置いて、腕の一回転だけを楽しく身につけられたらどうだろう。後ろから前へ。その小さな感覚が、冬の重たさを軽くする。 冬の時期、学校に縄跳びがやってくる。 そして、必ずと言っていいほど「上手く跳べない」子が生まれる。宿題が進まず、焦りが積み重なり、自己肯定感が下がっていく。大人もまた、教え方に迷う。「前から回すの?後ろから?」「跳ぶのと回すの、同時にやるの?」ジレンマが増殖する。できないことが、できないまま硬くなっていく。 ここで大事にしたいのは、縄跳びが「難しい種目」だという事実だ。縄跳びは協調運動。足が跳ぶ、手が回す、目が空間を読む、呼吸が合う——それらが同時に、一定のリズムで合奏する。つまり、最初から難しいのが当たり前。だから、分解してあげる。楽しさを混ぜて、身体が理解できる順番で作り直す。 始める場所は「腕の使い方」だけ。跳ぶのは後回
2月19日
偏食を克服した、一つのシンプルな方法
「白いものしか食べられないんです」「野菜は絶対に無理で…」。我が子の偏食に悩むとき、私たちはつい「感覚過敏だから」「脳の特性だから」と原因を探し、スプーン一杯の格闘を繰り返してしまいます。しかし、もしその子の「苦手」という気持ちを、もっと大きな「楽しい」で包み込むことができたとしたら。これは、特別なトレーニング合宿の食卓で、私たちが何度も目撃してきた、小さな、けれど確かな奇跡の物語です。 子供の偏食。このテーマについて調べ始めると、実に多くの情報が見つかります。発達特性を持つ子どもの場合、感覚が過敏であったり、脳の働きによって嫌な記憶が強く残りやすかったりする、といった専門的な解説も少なくありません。 それらを元に、「少しずつ慣れさせていく」「食べさせ方を変えてみる」といった具体的なアプローチもたくさん提案されています。もちろん、それらの方法も素晴らしいものです。しかし私は、声を大にして伝えたいことがあります。実際に私たちが運営する合宿の場で、多くの子どもたちが偏食を「克服した」と言えるような変化を遂げた、もう一つのアプローチについてです。...
2月18日
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