後見人制度をラフダイの仲間と始める理由
人生の「その先」は、いつも急に目の前に現れます。就労を支える仕組みを整えたその翌日には、暮らしの安心や、親がいなくなった後の伴走者という、より静かで深い課題が立ち上がります。そこで必要なのは、仕組みだけではなく、信頼で繋がる仲間の輪でした。
ラフダイの仕事は、今年新しい段階に入りました。児童発達支援、放課後等デイサービス、保育所等訪問支援。そこから、自立訓練、就労移行支援、就労継続支援(A型・B型)、そして一般企業への就職まで。発達から就労へ、一貫した支援の線が、ようやく一本の道として地図に描けるようになったのです。
けれど、道は就労で終わりません。多くの当事者にとって、本当に重く、そして現実的な問いは「親亡き後、どう暮らすか」。グループホームや地域の居場所、そして法的・生活的な伴走を担う後見人制度。その「その先」こそが、道の先端に静かに待っている大事な入口でした。
正直に言えば、ここは私の勉強が足りていない領域でした。就労までは勢いで走り抜けてこられた。でも、その先は、知恵と経験と倫理が必要です。焦らず、でも立ち止まりすぎないために、私は仲間を探しました。
去年の発表会に、昔から一緒に仕事をしていた仲間が来てくれました。終了後に彼は言いました。「南さん、すごいことやってますね。僕も何か手伝えることがあれば」。軽い挨拶のような言葉。でも、その奥にある具体が、後で静かに扉を開きました。彼は後見人制度に関わる仕事をしていたのです。「ラフダイさんに、お力添えできるかもしれません」と。
私は言いました。「もう一度、その目線で発表会に来てください。なんなら、ブースも出してください」。実際の候補者様やご家族と対話し、現場の課題を見てほしかった。支援は、理念だけでは動かせない。人に触れて、目を合わせて、現実に触れた言葉が必要です。
夏の発表会が終わり、打ち上げの場で彼が私のところに来ました。「みなさん、本当に愛されているんですね。僕、個人で後見人制度をやろうと思っていたんですが、ラフダイの仲間としてやらせてもらえませんか」。そのひと言に、私は泣きそうになりました。支援は「誰かが」ではなく「私たちが」で立ち上げるものだと、もう一度教えられたからです。
私は答えました。「もちろんです。みんなでシェアしていきましょう」。この仕事は、自分の利益のためではありません。必ず目の前にご利用者様がいて、その人の暮らしがあり、明日があります。私たちは、その明日に責任を持つ共同体でありたい。
こうして、ラフダイは後見人制度の領域に踏み出します。就労の線の先に、暮らしの円を描くために。制度の知恵と現場の直感をつなぎ、当事者の「選べる自由」と「頼れる安心」を一つずつ形にしていく。グループホーム、地域連携、法的な伴走。そのすべてを、信頼で束ねていく試みです。
ここからは、学び直しの時間でもあります。私たちは専門家の力を借り、地域と手を組み、家族と向き合いながら、現場に合わせた柔らかな仕組みを作っていく。失敗もあるでしょう。けれど、失敗できるように支え合うのが、共同体の強さだと思っています。
「親亡き後」は、言葉にすると少し重く、胸に刺さります。でも、その言葉の先には、具体的な手当てと、人の手の温度があるはずです。一人の人生に、もう一人がそっと寄り添う。権利を守り、暮らしを支え、孤立させない。後見人制度を入口に、私たちはその当たり前を当たり前にするために、歩き始めます。

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